2007年01月17日
阪神大震災 被害状況
12年前の1月17日、私の実家は全壊しました。
私は実家近くの賃貸マンションに住んでおり、毎日京都に仕事に行くために5時半に起きてました。
当日の朝はそれほど寒くなかったので、食事した後、コタツから出て生後6ヶ月の長男を見に行こうと立ち上がった瞬間、「グラッ」と揺れました。
次の瞬間、轟音と共に家が揺れ、立ち上がっていた私は隣の部屋まで飛ばされたのです。
電気は一瞬にして消え、マンションの非常ベルがなっていました。
揺れがおさまり、部屋の中を見ると、家具や食器が散乱して足の踏み場もありませんでした。
まだ暗い中、玄関ドアを開けると強烈なガスの臭いがし、かなり危険な状態であると感じました。
すぐに嫁と一緒に子供を抱えて、崩落しているJRの下をくぐって実家に行ったのです。
電柱が折れ、電線が顔の高さにある中で実家を見ると写真のように1階がなくなっていました。
左端が私の実家です。
私は実家近くの賃貸マンションに住んでおり、毎日京都に仕事に行くために5時半に起きてました。
当日の朝はそれほど寒くなかったので、食事した後、コタツから出て生後6ヶ月の長男を見に行こうと立ち上がった瞬間、「グラッ」と揺れました。
次の瞬間、轟音と共に家が揺れ、立ち上がっていた私は隣の部屋まで飛ばされたのです。
電気は一瞬にして消え、マンションの非常ベルがなっていました。
揺れがおさまり、部屋の中を見ると、家具や食器が散乱して足の踏み場もありませんでした。
まだ暗い中、玄関ドアを開けると強烈なガスの臭いがし、かなり危険な状態であると感じました。
すぐに嫁と一緒に子供を抱えて、崩落しているJRの下をくぐって実家に行ったのです。
電柱が折れ、電線が顔の高さにある中で実家を見ると写真のように1階がなくなっていました。
左端が私の実家です。